またまた出ました。

またまた出ました。

以下のみ言葉は、新しい天聖経からは削除された。‼

悪の天使長たちの都合の悪いみ言葉を

自分たちの金儲けのために、み言葉編纂委員会で削除した。

以下のみ言葉も、韓氏お母さんの言われる独生女はありえないことを

真のお父様は、語っておられます。

まだまだあります。

次回をお楽しみに‼!
祝福家庭と理想天国(Ⅰ)

第二章 真の父母と神の家庭

第一節 イエスと祝福

1、メシヤは誰か

イエスはどのような方として来たのでしょうか。

(イエスは)神様の息子、ひとり子として来て、神様の愛を受けたのです。

初めて神様の愛を受けることのできたひとり子だったのです。

それゆえ、キリスト教でいう「ひとり子」とは偉大な言葉なのです。

人間始祖アダムとエバが、未完成の期間に、

対象圏をつくれずに堕落したので、理想の愛を体恤する立場に立って、

人類が願う祖先としての資格をもってきた方が

メシヤなのです。

メシヤを通す以外に、人間を解放する方策がないので、

「わたしは道であり、真理であり、命である。

だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」と

結論を出すことができるのです。

統一教会は、それを見据えていこうとしているのです。(6)

私たちには神様の愛が必要です。

未婚の男女が愛し合うとき、

愛のためには死も恐れないのと同様に、

神様の愛と一つになれば、神様の愛を実践できるようになります。

そうなれば世界統一は自動的に実現します。

私たち堕落した人間に必要なのは、

神様の愛で愛することのできる人となることです。

これが成就するのは、メシヤが来て神様の愛を連結させる時です。

メシヤとはまさしく、体と心が一つになって、

神様の真の愛が宿っている人です。

(そして)神様の愛へ到達する時まで揺らぐことがなく、

新しい道を備えることのできる人です。

メシヤは世界、国家、家庭、個人を統一することのできる

神様の愛をもってくる方です。

神様のみ旨は、愛の主体となることのできるメシヤを送って、

愛の世界を築くことです。

神様は宗教を通してそれをなそうとされるので、

宗教は必要であり、

万民にとってメシヤは絶対に必要な存在です。

まさにイエス・キリストが、「だれよりも私を愛しなさい」と

教えた理由はここにあったのです。

その点で、イエス様はメシヤとなることができるのです。

また、イエス様は、「私は神様のひとり子だ」と言いました。

これは、神様の真の愛を受けることができるという意味です。

また、「私は花婿であり、あなたがたは花嫁です」とも言いました。

これも同様に、真の愛を有する家庭の基準を築いておこうという意味なのです。(7)

救世主とはどのような方でしょうか。

人間は堕落によって真の愛を失いました。

ゆえに、救世主は真の愛を探し出すために来られる方です。

言うならば、失った真の愛を取り戻すために来られる方が救世主なのです。(8)

メシヤとはどのような方でしょうか。

(メシヤとは)人間の無限の価値、無限の宝を備えた、

そのような人格を再現して来られる方です。

この方は、天地を主管し、

天地をもってしても代えることのできない

比重と測量の位置を再選定して人間世界に来られる方です。(9)

神様は人間が同伴者を必要とするのをご存じなので、

かけがえのないメシヤを地上に送らざるを得なかったのです。

神様は人類を愛しておられるので、

人類と接することのできる一人の代表的な存在、

友達のようでもあり、先生のようでもあり、

さらには、父親のようでもある、

最も貴い存在を送らなければならなかったのです。

このような代表的存在が誰かと言えば、

メシヤなのです。

またまた出ました。

以下のみ言葉も、韓氏お母さんの言われる独生女はありえないことを

真のお父様は、語っておられます。

メシヤはまさに、神様と人間、そして万物の願ってきた真の人です。

それゆえに、その方は真理の実体として来られ、

真理のみ言を語られますが、(そのときは)

神様の愛と一致した位置において真理を語られるのです。

さらには真なる行動をしますが、愛を動機として行動するのです。

その生活は規制に従って形式的に行われるのではなく、

神様の真の基準において生きるのです。

世界の救済に際しても、この世的な政略や手段方法によるのではなく、

神様の真の愛を中心として救おうとするのです。

そのような方がまさしくメシヤなのです。

このような一人の人から真の愛の運動が全世界に展開するのです。

このような真の人が一人の女性と夫婦の契りを結び、

一つの家庭を築き、この家庭を中心として、一つの氏族、民族、国家、

そして一つの世界を成就していくのです。

これが、神様が望み、人類や万物が望んでいる

「全体の願い」なのです。(11)

イエス様はどのような資格をもってこられましたか。

父親の資格をもってこられました。

人類の真の父、すなわち真の祖先として来られたのです。

しかし真の母を連れてくるのではありません。

真の母がサタンに奪われたので、

本来の人間(メシヤ)は、死を覚悟してまでも、

サタン世界から奪い返してこなければなりません。

最後の日に主が来られ、新婦を迎えるとき、

新婦が解放されるのです。

今日、先進国家では女性運動が起こっていますが、

そこには中心がありません。

したがって中心となるイエス様が再び来なければならないのです。

(もし)イエス様の使命が人間の兄弟としての救いだけならば、

イエス様が再び来なくても、

救い主の役事はこの地上にいくらでも継続することができます。

しかし、父親の使命を果たさなければならないので、

イエス様は再び来なければなりません。

父親が二人になることはできないので、

必ずまた来なければならないのです。(12)

イエス様はどのような方であり、なぜ来られたのでしょうか。

イエス様は人類の真の父母であり、

真の父の使命をもってこられた方です。

アダムは堕落しなかったならば、

神様の祝福を受けて人類の真の父となったはずであり、

エバは真の母となったはずです。

ところが、堕落により、その祝福が失われてしまいました。

それで、それを復帰するために神様は、

四千年の長い歴史を通して準備された基台の上に、

イエス様を真の父の使命者として送られたのです。(13)

神様は宇宙の中に、アダム一人をつくりました。

アダム一人をつくることによって

神様の願いは芽を吹き始めたのです。

それから、アダム一人だけではいけないので

エバをつくりました。

神様はアダムとエバをつくり、

「ああ、見るに善い、好ましい」と言われました。

神様とアダムという縦的な関係だけではいけないので、

横的な対象を備えて、

それが相対的因縁を結べばいいというのです。

ID:e7pk9k

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