水曜礼拝

お父様は、真理をどこから見出してこられたのでしょう。

自然や聖書から見つけ出してこられました。

原理講論はその様にして書かれました。

幾度となく読まれ、解説をされ、引用して語られました。

その基本となる聖書について語られました。

原理講論に出てくる聖句を

聖書の前後も読んで参考にしませんか。 
 
 祝福家庭と理想天国(Ⅰ)

第二章 真の父母と神の家庭

第一節 イエスと祝福
 
 3、本来のイエス様
 
 ここにも問題があります。
 
 (イエス様は)祭司長となるときも独身であり、
 
 王となるときも独身でなければならないのでしょうか。
 
 そんなはずはありません。もし独身でなかったなら、
 
 どうなっていたでしょうか。
 
 イエス様を中心としてイエス様の家庭が生まれたことでしょう。
 
 そうなれば、アダムとエバが堕落せずに、
 
 真の父母の位置を確立すべきだった使命を、
 
 イエス様が代わりに成就していたのです。
 
 ここに、キリスト教を信じる牧師が来たなら驚くことでしょう。
 
 ここに立っている人(私)も長老教を信じ、
 
 イエスを信じた者です。
 
 ところが聖書の内容を解いてみると、
 
 以上のことが分かったのです。
 
 このような話をするので多くの反対も受けました。
 
 けれども事実なので否定することができないのです。(34)

ID:8qn66a

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