聖書マルコ2章21、22節

「『だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。

そんなことをすれば、新しい布切れが古い服を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。

また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。

そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。

新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。』」(マルコ2-21、22節)

主イエスはこの二つのたとえで、古いものと新しいものとの違い、対比について語っておられます。

対比と言うよりは、むしろ両者の徹底的な対立、異質性が語られていると言うべきでしょう。

古いものが新しいものによって否定され、破壊されてしまうということがここでは語られているのです。

「織りたての布」とは、まだ晒(さら)していない布のことで、初めて水につけて洗うと急激に縮むので、古い服に継ぎ当てをすれば、洗濯したときに服を破ってしまうことになります。

そのように、古いものと新しいものとを一緒に継ぎはぎをしても、それは役に立たないどころか、両方ともに駄目にしてしまうことになると主イエスは言われます。

新しいぶどう酒とは、秋に収穫したぶどうを樽に仕込んで、盛んに発酵している状態を言います。

動物の内臓や皮で作った袋は、古くなると弾力性がなくなります。

盛んに発酵している新しいぶどう酒を古い革袋に入れると、袋が膨(ふく)れて破れることがあります。

そうすれば、ぶどう酒も革袋も無駄になってしまうと主イエスは言われます。

主イエスのこの二つのたとえは、当時の日常的な経験を題材にしていますが、その内容は非常に躍動的であり、迫力があり、また挑戦的でもあります。

「そんなことをすれば」という表現が二度繰り返され、「だれもそんなことをするはずはないではないか」ということが強調されています。

「そうであるのに、あなたはどうなのか、あなたはそんな愚かなことを、無駄なことをしているのではないのか。

古いものに新しいものを継ぎはぎして、それでうまくやっていけると考えているが、それによって古いものをも新しいものをも駄目にしてしまうようなことをしてはいないのかどうか」、と主イエスはわたしたちに問いかけておられるのです。

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