『はげ頭と苺』 文 亨進様

家庭連合の悪しき動画

家庭連合がYOUTUBEにアップした「真のお母様の生涯とサンクチュアリ協会問題」の動画で確認してもらいたいことがある

はげ頭と苺の著書の一部分を切り取ってヒョンジン様は

「お父様の説教を聞きながら心のつながりを感じたことはいちどもありませんでした。」
これを一番強調して、ヒョンジン様の心の傷を誰よりも御存知だったのは真のお母様ですと語っているが

著書の中でお父様との関係を「OOOOOOOOOOO」とすでに語っておられます。

悪に満ちた一部分の批判はヒョジン様がお父様とその関係を蔑ろにしようとする目論む行為である。
前後を読めば本当のことがわかります。
この講師は、はげ頭と苺の前後の文を読むこともしなかったのでしょう。
この程度で講師になれるとは……それでは、皆様に前後の文を確認して頂きたいと思います。

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『はげ頭と苺』 文 亨進様さ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

第一部 屋根裏部屋

P.22

12行目

お父様との関係の中で、驚くべき悟りの世界が得られ、”人生”に対するより深い
満足と、感謝を得るようになりました。社会は、私たちが不可避につくってしまう、
願わない垢によって、私たちの知覚に薄く色を付け、私たちの知覚が、それを自分の

P.23

当たり前の汚れとして受け入れてしまうように働きます。それが私たちの心をうまく
説得し、とりこにしてしまう過程は、実にきがつことができないほどゆっくりとし
ていて、ちょうど腫瘍ができるとき、ゆっくりと音もなくでき始め、ついには激しい
痛みとともに、突然現れるのと似ています。
私たちは自分が善と思われるものを善として受け入れ、また自分には悪だと思われる
ものは悪として受け入れるように慣らされています。成功と失敗、あるいは正常と異常
などについても、同じことが言えます。ほかの例を挙げれば切がないでしょう。
片方を名付ければ、その反対も名付けるようになります。

私は、この家の末のこでしたし、おそらく一番の変わり者だったと思います。
末の男の子というもには、いつもみんなの関心を引き付けることに飢えており、集め
られる限りの注目を集めようとするものであることは御存じでしょう。そのとおりです。
それが私でした。両親がたまたま巡回の合間に、うちに帰っている時などは、
さっと近づいて、しばらくの時間を過ごすことは気楽にできました。一対一で話すことも、
お母様とは気楽にできました。しかし、お父様のほうは、いつもとても忙しいか、
何かを考えていらっしゃるという状態でした。
私の浅薄な質問で邪魔することは、とてもできない雰囲気でした。お父様は、とても
高く、私はとても低かったから(その時もそうでしたが、とりわけ今は、お父様が、
比較することが不可能なくらい、私よりもはるかに高いという意味で、こう言わざる
を得ません)。
それで、お父様に関しては、人から聞いたことを深い考えもなくそのまま受け入れ、
時折、思いやりのない父親だと責めている自分でした。しかし、お父様と深く意味ある
話をできなかった本当の理由は、結局は、単に、この私のほうがそうしようと努め
なかったからであることに気がつきました。
一度はやってみたのです。しかし、自分の否定的な考えによれば、間違いなくこうな
るであろうと予想したのは全く正反対の結果に出くわしたのです。つまり、そこに
は極度に思いやりが深く、心配げな両親の姿があったのでした。
大洋のごとき知恵、深い愛情のこもった慈悲、そして誠実で純粋な関心を備えた父
母を発見したのです。しかし、そうはいっても、私たちがお互いに交流するその関係に
は、何というか、まだ少しいらいらする要素もありました。

例えば、お父様は私と話す時に、よくげっぷをされます。そのことを全く気にもし
ないで、まるでそれが当たり前のようにそのまま話を続けて、その間ずっと吐いた息
が、私の顔に直接にかかるのです。このような独特の話し方に対して、自分がお父様
から学ぼうとする意識が揺らぐほど気にしてはならない、と自分に言い聞かせました。
しぶしぶながらも、そのように納得しました。(しかし、結局のところ、他人のげっぷ
を吸い込みたいというような人間はいないでしょう9.

お父様に近くなり始めてから、驚くほど澄み切った瞬間が訪れ、その中でいまでか
つて経験したことがないほど、何かに打たれるような体験をしました。しかし、不思
議なことに、このように私のお父様、お母様をはじめ、すべての身近な人たちとの関
係を永遠に変えてしまうような悟りの瞬間が訪れたのは、実は、両親が不在の時でし
た。

両親がどこかに行ってしまった時には、訓読会(蛇足:訓読会とは、毎朝、起床と
ともに家族が集って、聖典などを拝読する集会のこと。)の時間とか、お父様にぞろ
ぞろとついていく、海のように多い人々を懐かしがりはしませんでした。私が懐かしく
思ったのは、それとは実に違ったものでした。

私がなつかしかったのは、お父様がうんうんとうなずかれるそのしぐさや、深刻に
熟考しながら、あごをくるみの形にされる様子でした。お父様がせき払いをされる姿、
その時に舌が少し突き出すしぐさが、懐かしかったのです。初めてだあった人の前で、
韓国のビデオを見ながら、恥のかけらもなく、自由におならをされる姿が懐かしかっ
たのです。
お父様の鼻くそをほじる姿、そして伸びてきた鼻毛をぐいと引っ張り、全身がその
痛みで大きく揺れる、その姿が懐かしかったのです。私たちに腹を立てられたその姿、
メンバーたちの前で、私たちを無能だと叱咤(しった)される、その姿が懐かしかったのです。
お前たちはみんな、この敷地から追い出してしまうぞ、とおっしゃった、その姿が懐かし
かったのです。良い気分でいらっしゃる時の姿が懐かしく、また悪い気分でいらっしゃる
時の姿が懐かしかったのです。自分の部屋に入っていかれる時に、手をコップの形にして、
閉じたり開いたりしながら入っていかれる姿が懐かしかったのです。お父様と一緒に
話したのが懐かしく、なんと、話される時にげっぷをされる、その姿までも懐かしく
思ったのです。

おかしく聞こえるかもしれませんね。しかし、私がこのことに気がついた時に、私
は別のもっと深淵(しんえん)なことに気がついたのです。解放よは実は何なのか、
ということに気がついたのです。
解放とは、ハナニム(神様)が私たちに体験させてくださるすべてのもの—-それが
私自身の判断によれば善であれ悪であれ--に対し、感謝の姿を保ち、他者を全く、
また無条件に受け入れられる能力のことをいうのだと、次第に分かってきたのです。
すべての善なるものと悪なるものが、究極的には、人生を”人生”たらしめるものです。
人生を豊かにし、”人生”たらしめるものは、感情、思考、情緒、苦難、浮き沈み、痕跡、
試練、努力、経験、悲しみ、幸せ、悲嘆、怒り、満足、意気消沈、同情、赦し、苦しみ、
愛、喜び、至福、---等々の連なりである、ということです。

P.28

昔ある所に、朝から晩まで田んぼで一生懸命に働く、貧しい農夫がいました。ある
日、農夫はうたた寝をしてしまい、目を覚ますと、もう夜でした。農夫は起き上がり
って、すぐに家路を歩き始めました。早く帰ろうと思い、森を横切って行くことにし
ました。真夜中の中の森の静けさは、はるか遠くから、ふくろうの寂しい泣き声まで
聞こえるほどでした。
ふと農夫は、そこに何かが潜んでいるのを感じました。
農夫は息を弾ませながら、足を速めました。何かが聞こえてきました---あとを
つけてきて、獲物を仕留めようとする何かが・・・農夫は走りだしました。間違いな
く後ろから、ペースを速めて追ってくる、重々しい足音が聞こえました--何者かが
来ている。
今や農夫には、腹をすかせてよだれを滴らせている何ものかの、息遣いまでも聞こ
えてきました。命の危機を感じて、農夫は一目散に走り始めました。
突然、目の前に崖が現れました。その獣は、後ろからますます近づいてきます。農
夫は思い切って跳びました。空中をくるくる回りながら、幸福にも一本につるをつか
み、そのつるにつかまって助かりました。
上を見ると、崖っぷちから、その獣が姿を現し、下を見下ろしています--それは
巨大な虎でした。
虎は言いました。「こっちに上がってこい。食べてしまうぞ。」と。その瞬間、
今度は下を見下ろすと、暗闇からもう一匹の別の虎が姿を現しました。そして、「飛
び降りてこい。食べてしまうぞ」と言うのです。それで終わりではありません。再び、
上を見上げると、一匹の黒いねずみと一匹の白いねずみが、唯一の命綱であるそのつる
をかじっているではありませんか。
その絶体絶命の瞬間、目を開けてみると、ちょうど農夫の目の前に、甘くておいし
そうな苺がありました。農夫はその苺を取って口に入れました--そのおいしかった
ことといったら・・・・。

さて、この物語は、何を言おうとするのでしょうか。どちらかといえば、唐突で、
適当でない結論だと思いませんか。
そうかもしれませんが、実はこの物語、私たちすべて--いわば人間が置かれた状
態--のことを言っているのです。命綱であるつるにつかまっている状態というのは、
ほかならぬ私たちの状態です。黒と白のねずみは、それぞれ昼と夜のことであり、そ
れらは私たちを、避けることができない死か苦しみ(どちらでも先に訪れるほう)へ
と駆り立てます。私たちみな、いずれ死ぬか(これは誰にとっても確実なものです)、
あるいは何らかの絶望的な瞬間を経験するようになっています。
しかし、そのようにぶら下がりながらも、この物語の言わんとするところは、たと
えその中にあっても、人生に甘くておいしい「苺」--例えば、日曜日に公園を散歩
する時に美しい日没とか、友達との議論、等々--に目を留めることを忘れてはなら
ないということです。
“もし”私たちが、この場とこの瞬間に関心をもって、注意を払いさえすれば、私た
ちの人生というものは、「不思議」という言葉と、その同義語をすべて合わせたもの
以上に、もっと不思議な瞬間に満ちあふれたものであることが分かるでしょう。
ところが、この物語をお父様にお話しした時に、驚くべきことが起きたのです。話
を聞くやいなやお父様は、こうおっしゃいました。「うん。それは分かるけど、それ
ならその苺を、そのねずみと虎にもやらないとね!」と。
これを聞いたとき、私はびっくり仰天して、思わず気が遠くなりました。これは考
え抜かれた言い返しではなく、正にお父様という方の存在そのものの反映であり、そ
れが自然と口をつついて出てきたものでした。考える時間も取らずに、さっと示され
た、この方のあまりにも深淵な高められた慈悲心--自分の命でもあるその「苺」を
、よりによって自分を滅ぼそうとしている、正にその者に与えるという心をもつこと
、その最悪の敵さえも完全に愛するというお父様にの心の前に、私は完全に圧倒され
、本当に気を失いました。そして、気がついた時には、頭がはげていました!
命を揺さぶる、このような体験をしたあとで、初めて私は正直に、自分は「統一信
徒」であると考えることができるようになりました。その前までのお父様という方は、
その業績だけは尊敬できる父親にすぎませんでした。
しかしこの時から、お父様は私の霊的指導者となったのです。この方は、単に慈悲
心について話すだけの方ではなく、それを完全に体現化していらっしゃるので、何気
ないやり取りのなかに、努力せずともその存在そのものの本質、霊的な人となりが表
れたのでした。これが、私の本当に驚いたことだったのです。
成長していく中で、参加しなければならなかった、蒸し暑い夏のワークショップの
あの長い「原理講義」の講義を通して、何千回と思えるほど「統一原理」を聞きまし
た。何度も、愛について、または神様の悲しみの心情についてなどの説明を聞きまし
たが、それが自分の人生と何か関係があると感じたことは、一度もありませんでした。
その内容は私にとっては、否定しないけれども、必ずしも自分と関係があるとは思
われない、ある一つの神学にすぎませんでした。私たちの集会に参加したのも、そこ
で教えてくれる内容に対するわくわくする期待感をもってというよりは、むしろ”義
務感”によるものでした。

このいにしえの寓話は、禅宗の伝統から来たものです。これを知ったのは、宗教の
伝統について研究していた、ここ数年の間のことでした。私が感化を受けた実在の禅
宗の導師を通して、この「苺の話」は深淵なるものだと、既に信じるようになってい
ました。

P.33  (家庭連合が都合の良いように編集し引用した文はこの中にあります。)

しかし、お父様がこの話について、あのように反応されたその時から、私のお父様
との本当の関係は、本格的に始まったのでした。

この方は私の実の父ですが、ほかの多くの人たちとは違い、私はほとんど父を身近
に感じたことはありませんでした。両親と会えたのは、いろいろな機会をすべて合計
したとしても、一年のうちにでたったの一週間や二週間にすぎず、しかもその時です
ら、せいぜい朝のあいさつができる程度でした。一人の若者として、両親が私の人生
の中における現実的で興味ある部分となったことは、一度もありませんでした。
 私は、しょっちゅうおびえていて、捨てられたように感じ、なおざりにされたと感
じていました。お父様の説教を聞きながら、心のつなりを感じたことは一度もありま
せんでした。無関心で怒りと恨みを感じながら、「こんな話は、古くて格好悪い人間
が聞くものだ」と心の中でつぶやいている自分でした。
私がお父様にこの苺の話をしたのは、実は私の人生において非常に危機的な状況に
立っていた時期でした。私自身、人生の様々な問題にぶつかって、それにより宗教的
伝統とか心霊的生活などについて、大切に思うようになっていたのです。
お父様が、この苺の話に対してあのように反対された時に、この方にとって、「統
一原理」は単なる神学ではないということが分かりました。この方がおっしゃったこ
とは、その存在のあまりにも深い部分の反応であり、わざわざ考え出したものではな
く、むしろあまりにも明白な、当たり前の反応であったということに、初めて気がつ
きました。正にこの方こそが、禅導師をも指導する導師であったのです。
このことがあってから、集会の時とか、スピーチをされる間、あるいは会話をする
時に、意識をもっと集中するようになりました。お父様に対して宗教的、霊的指導者
として関心をもつようになったのです。訓読会シリーズの本も、ずっと読むようにな
り、今まで実感したこともなく、聞いたこともなかった、教えのある側面を発見した
りもしました。
私が読んだ、お父様のみ言葉の中に、「もし、木の葉に向かって、自分の子供のよ
うに思って話し掛ける人がいても、その人は聖人に近い人なのです。分かりますか。
その人は気が狂っているのではないのです」。
お父様の教えの全体であると思っていた『原理講義』は、実はその上っつらをなで
ているだけだ、ということに気がつきました。ここにおいて、私は統一理念と、その
創始者の広範囲にわたる教えについて、学究的な関心を深めるようになっていったの
です。

P.35   あなたは何者なのか

私は、父の末の息子であったために、お父様の心情を自分自身で深く見つけ出そう
とする試みとして、徹底して質問ができるというまれな機会に恵まれていました。そ
ういう機会において、自分なりの期待をもたず、また裁かず、あるいは何かの恨みに
とらわれたりもせず、ちょうど学者が、ある特定の宗教的伝統について分析して研究
するのと同じように、客観的に話を聞こうと、真摯に努力できるようになりました。
この点にフォーカスすることによって、起こり得る感情的な、または経験からくる先
入観を、最小限にとどめることができました。
この教えを、ほかの宗教的伝統と厳密に比較することができ、その価値をより深く
理解することができました。それによって、世界の他の様々な宗教との間に、多くの
類似する点や、一致、合致する点を見つけることができ、この運動が、真に”平和”
を実現する可能性をもっているという希望を感じることができました。お父様のメッ
セージと使命は、超宗教、超国家、超人類の理解と、寛容と尊敬を真実にもたらし得
ると私が確信するようになったのは、実にこのような研究と好奇心によるものでした。
栄進(ヨンジン)兄さんが亡くなったのち、私は兄さんの残した書籍を管理しまし
た。兄さんは亡くなる、正にその時期に、コロンビア大学で東アジア学の研究をして
いましたが、そのころ、私も東洋の古来の宗教的知恵について、新たに、また深く関
心をもち始めていました。私は、儒教、仏教、そして道教について研究を始め、これ
から深淵な、宗教的、また哲学的学派に、深く感銘を受けるようになりました。
かつて、議論するたびに、いつも栄進兄さんはこういったものでした。
「一番よくないのは偽善者になることだ!偽善はやめろ!”お前”が父母様に仕えな
きゃならないのであり、”お前”が孝行しなきゃならないのであって、それは”お前”
のほうがやらなきゃいけないことなんだ!お父様に変わってほしいというのか。
“お父様は、もう八十歳を超えてるよ!全く、それは現実的じゃないよ。”お前”が
変わることのほうが、かるかに現実的だ」と。
兄さんが、亡くなる前にこのように言った時、私は、抵抗しました。しかし、
不思議なことに、これらの言葉は、今に至るまで私の耳の中にいつも響いてきて、私
が偽善者になろうとする(誰でも時々、そうなることがありますが)その時に、いつ
も自分に対し、正直になるように働き掛けてくれるのです。そして、この言葉によっ
て、自分の弱さや不足さについて、より気がつくようになり、それゆえに人間が変わ
るというのは、たゆまない選択をしていくその過程であるということも、より理解で
きりようになりました。多くの難しく、また苦しい時を乗り越えさせてくれたこの知
恵の言葉を、本当に有り難く思っているのです。

結局のところ、真実の深い人間関係において、本当に貴重なものというのは、小さ
なその人の行動癖、あるいは多くの人は「欠点」、「癖」、または「奇癖」などと呼
ぶ、微妙な点であるということです。”こういうもの”こそが、私たちが懐かしく思う
ものであり、また記憶に残るものなのです。また、”そういうもの”こそが、その人を、
私にとって特別な存在とするものです。なぜならば、その人の”そのような”秘密を知
っているのは、”あなた”だけ(あるいはおそらく非常に数少ない人たち)だからです。
その人の小さな秘密の世界に入ることを許可されたのです。自由になって、そして
その人が他の誰にも見せない、小さな最高の場所に入っていくことは、本当の理由で
す--それはちょうど、誰にも邪魔されずにあの”屋根裏部屋”に走って入り、大きな
箱を一生懸命に開けようとしているのと同じです!それは、その宝の箱が開けられた
のちに解き放つ、喜びと満足です。それは、髪の毛を風になびかせながら舞上がって
、親密さと全き感謝という、栄光の新しい世界へと向かって飛んでいく、魂の飛翔な
のです。
今でも時々、荷物がたくさんあった、あの屋根裏部屋のことを考えるのです。でも、
そこからさいてくる明かりとか、あのいろいろなものを見ることは、もうありません。
いろんな終わりの場面を、創造したりもしません。もちろん、座ってはまた後悔する、
そのようなこともありません。今ほかのあること--それは違ったこと--をするの
に関心があります。
今やりたいことは、言ってみれば、苺の存在に気づいて、次にそれをねずみと虎に
与えること、ということになるでしょうか。
自分の過去を書き換えることはできないでしょう。未来を書くこともできません。
しかし、今を書くことはできます--”人生”という本の、砂のように変わりやすい
ページをめくるために指をなめるこの時に、開かれていく、その”今”を。私は、今も
なお息をしているし、この地球上に存在できる特権を与えられています。ところで、
あの鍵は--あの屋根裏部屋の宝の鍵、私たちが何とかして見つけようとしている
あの鍵は、どうなったでしょうか。
じつは私は、その魂を解放する鍵を何かを悟りました。それは、私たちなのです。
なぜなら、鍵は、私たちを宝に導いてはくれず・・・その鍵自体が宝なのです。

---今、あなたの周りにある宝、
時が来たならば、悟るでしょう。あなたがその宝で”ある”ことを。

ID:75q8rk

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