時系列で読めて大変わかりやすい聖書一読表、

アメリカのサンクチュアリ教会でも聖書勉強に使っています。

聖書一読表

 

***この聖書一読表は「わ~、聖書が読める!」を参考にしました。

 

1日目 (1日目/ 2日目)

創 1~11 : 創造、起源、人類の一般歴史、アブラハムに繋がる霊的先祖を探すこと。 世界の始まりを想像しながら読むこと。(神話だと思ってはいけません)

創 12~20 : 神様も国を始められる。アブラハムの生涯

 

2日目 (3日目/ 4日目)

創 21~36 : イサク、ヤコブ—————————–→国民を作り始める

創 37~40 : ヨセフ

 

3日目 (5日目/ 6日目)

創 41~50 : ヨセフ、ヤコブの12人の息子たちがエジプトに入る—-→国民が増える

出 1~11 : ヘブライ民族が生じる。モーセの出現、十の災い。

 

4日目(7日目/ 8日目)

出 12~19 : 過ぎ越しの祭りの由来、エジプト脱出、シナイ山に到着

----→領土を探して[行進]

出 20~30 : シナイ山に上り、法を受けるモーセ————-→主権を宣布[教育]

 

5日目 (9日目/10日目)

出 32~33 : モーセが下山すると、民は金の子牛を作っていて、、、

出 34 : 第2次登山

出 35 : 下山。安息日を守ろう!聖なる幕屋を作ろう!幕屋建築献金——–→[教育]

出 36~40 :  技術者たちが幕屋の工事に取り掛かる。→ ついに完工。

(カンカン!コンコン!という金槌の音を聞きながら、臨場感あふれる気持ちで読みましょう。シナイ山の露が体に染み渡るような、その山にいる気持ちで読みましょう。すべて完工したら民数記へと飛びます。なぜか分かりますね?)

 

6日目 (11日目/12日目)

民 9:15~23 : 幕屋を覆う神の雲

民 9:1~14 : 2回目の過ぎ越しの祭りを守る

民 1~4 : 初めての人口調査

民 5~8 : 教育

民 10~12 : 11か月5日ぶりにシナイ山を出発

民 13~15 : カデシ・バルネアに到着(地図確認)、偵察隊を送る

(“荒野生活40年”という、運命を変えた重要な場面)

民 16~19 : いろいろな事件と教育

 

7日目(13日目/14日目)

民 20 : カデシ・バルネアであった事(この地域で40年間荒野に留まる)

民 21 : 北進を試みる (地図で確認!) ————————-→[行進]

(40年が過ぎた後、第2世代がカナンに向けて出発)

民 22~27 : ヨルダン川東側、モアブの地を征服 (地図!)

民 28~36 : 教育といろいろな事件

(レビ 1~4): 燔祭、素祭、酬恩祭、罪祭 —————————→[教育]

(モアブ平地まで来てから、レビ記を読みましょう。シナイ山に戻ります。)

 

8日目 (15日目/16日目)

(レビ 5~22) : アロンの大祭司長就任式、祭司法、生活法、刑法 ———→ [教育]

   (レビ 23~27) : 定めの祭り、生活法 —————————–→[教育]

 

9日目(17日目/18日目)

(申 1~20) : モアブの野原でモーセの最後の説教。[復習]スタート———→[教育]

(モアブ平地で、カナン2世たちと一緒に座って、モーセの説教を聞きましょう)

 

10日目(19日目/20日目)

(申21~34) : モーセの死

ヨシュア 1~5 : ヨシュア登場。ヨルダン川を越え、戦争を準備する。——-→ [行進]

 

11日目(21日目/22日目)

ヨシュア 6~24 : カナンの地を征服し、支派別に分配。ヨシュアの死。

(支派別に分配された土地を地図で必ず確認すること!ヨルダン川東側には、ガド支派、マナセ支派の半分、ルベン支派が残って住んでいることを記憶すること!)

 

12日目 (23日目/24日目)

士師 1~16 : 征服歴史の継続。士師時代 ————–→  [使命に従い生きる]

 

13日目 (25日目/26日目)

士師 17~21 : ミカ神像。レビ人の妾事件で、同族同士で殺し争う悲劇が招来。

(ルツ1~4) : 異邦の女性、ルツがダビデを登場させる

サム上1~6 : 最後の士師、サムエル登場

 

14日目 (27日目/28日目)

サム上 7~20 : ダビデが油を注がれる。サウル王、ヨナタン、ダビデの話。

 

15日目(29日目/30日目)

(詩篇 1~2, 4~17, 59編) : ダビデの逃亡時代(従う者がすでに多くいた)

サム上 21(詩篇 56), サム上22(詩篇 52,57), サム上 23(詩篇 54), サム上 24(詩篇 63)

(ダビデは逃げながらも、寂しいときに神様にたくさんの祈祷の詩を書いた)

 

16日目 (31日目/32日目)

サム上 25~サム下 1 : サムエルの死とサムエルの業績

(詩篇 19~ 30) : (詩篇22篇はマタイによる福音書27章と一緒に読むこと)

 

17日目(33日目/34日目)

サム下 2~4 : 北イスラエルと南ユダの葛藤

サム下 5~7, (詩篇 31~41) : ダビデの統一王国と神様との約束

 

18日目(35日目/36日目)

サム下 8, (詩篇 60) : ダビデ王国の成立

サム下9~11 : 統一後、安定

サム下 12(詩篇51) : バテシバを姦する

(詩篇 42~50) : コラの子孫[祭祀を捧げるレビ支派]の歌

サム下 13~15, (詩篇3) : 息子アブサロムの反乱

 

19日目(37日目/38日目)

サム下 16:1~23:7 : ダビデの末年期(*サム下22章と詩篇18章は同じ)

サム下 23:8~24 : ダビデの勇士たちと人口調査

(詩篇 53, 55, 58, 詩篇61~62, 詩篇 64~71)

 

20日目(39日目/40日目)

列王上 1~6 : ソロモンの即位と聖殿建築

(詩篇 72, 箴言 1~15) : ソロモンの書

 

21日目(41日目/42日目)

列王上 7~11 : ソロモンの栄華と堕落

(箴言 16~31) :  ソロモンの書

 

22日目(43日目/44日目)

(伝道の書 1~ 12) :  ソロモンの書

(雅歌 1~8) : ソロモンの書

 

23日目(45日目/46日目)

列王上12 : 南北分裂事件 (頭部分)

列王上 13~22 : 南ユダのヨシャパテ、北イスラエルのアハブ王まで
列王下 1~10 : 預言者エリシャとエヒウ王の革命(体部分)

(オバデヤ1章) : エドムという国に対する預言

*(ここから列王下の預言者の書を一緒に読み進める。)

 

24日目 (47日目/48日目)

列王下11~13 : アタリヤ女王中心によむ

(ヨエル 1~3)

列王下14~15:22

(ヨナ1~4, アモス1~9) : (アモスは南ユダの人だが、北イスラエルに上って活動した預言者である。 イスラエルの時代背景と連関してアモスとホセアを読もう。)

 

25日目(49日目/50日目)

列王下15:23~17章 : 北イスラエル滅亡、南ユダ、ウジヤ~ヒゼキヤ王の時代

(ホセア1~14, イザヤ1~4):

(ここからイザヤ書を読もう : 北イスラエルが滅びた後、ユダだけ残る。この時はヒゼキヤ王とイザヤ預言者が中心人物である。亡国を預言し始めるイザヤは、罪に対して審判されるが救いが来るだろうという、2種類のメッセージで一貫する。この事実だけを頭において読んでも、内容がある程度把握できる。)

 

26日目(51日目/52日目)

(イザヤ 5~24)

 

27日目(53日目/54日目)

(イザヤ 25~35),

(ミカ 1~7):

(イザヤとナホムと共に活動したミカは、イエス様の誕生地がユダの地ベツレヘム(ミカ 5章2節)であることを預言している。このように、真なる王イエスの出現は、旧約の歴史の中で常に焦点がおかれている目標地点である。特に、北イスラエルと南ユダが滅亡する現状で、イエスの出現を予告するということは、神様の国が滅亡するのではなく、むしろその中で世界に向かって展開されている神様の摂理を見せているのである。〝イエスを信じる”という言葉は私たちが考えるような簡単な真理ではなく、このように歴史の重みと深みを備えた奥深い内容なのである。)

 

28日目(55日目/56日目)

列王下18~20 : イザヤとヒゼキヤ王

(イザヤ 36~52)

 

29日目(57日目/58日目)

(イザヤ 53)と (マタイによる福音書26, 27章)を一緒に読む

(イザヤ 54~66), 列王下21,

(ナホム1~3):

(イザヤの活動はイスラエルが滅亡後、ウジヤ王統治末期に始まり、ヒゼキヤ王時代まで続いた。預言の内容の中には、イザヤ自身の活動当時に起こった出来事(1~39章)、バビロン捕虜に対する預言(40~60章)に大分される。ユダの罪により滅びるが、最後には神様の救いが成されることを預言する。大きくは全民族、人類も自らの罪によって滅びるが、最後には救いが現れることを預言している。今日読む部分は、その救いがどのようなものなのか、とても具体的に預言している有名な章である。)

 

30日目 (59日目/60日目)

列王下22~23:34 : ヨシヤ王の宗教改革 (尾部分)

(ゼバニヤ 1~3)

(エレミヤ 1~15):

(歴史書の列王下では1,2行にしかならないが、その時期に活動したエレミヤは多くの分量の預言書を残した。南ユダが滅びゆく時期であることを念頭においてエレミヤを読もう。)

31日目(61日目/62日目)

(エレミヤ 16~34)

 

32日目(63日目/64日目)

列王下 23:35~37 : エホヤキム王時期(尾部分)

(エレミヤ 35~36)

列王下 24 : エホヤキム、エホヤキン、ゼデキヤ(尾部分)

(エレミヤ 37~40: 6,、エレミヤ 52: 1~11)

列王下25 : 南王国最後の日(尾部分)

(エレミヤ 43~51章)

(エレミヤ 40:7~42章)

(エレミヤ 52:12~34) (エレミヤ書全体が特に順序なく、行ったり来たりと記録されている傾向にあるため、歴史的な列王下と合わせようとすると、少し複雑になる。)

 

33日目(65日目/66日目)

(エレミヤ哀歌 1~5)

(ハバクク 1~3)

(“いちじくの木は花咲かず、ぶどうの木は実らず、牛舎には牛がいなくなる。しかし、わたしは主によって楽しみ、わが救いの神によって喜ぶ。” と歌ったハバククも、正にこのようなユダの滅亡を背景に神様の民が滅ばなければならないことに悩み苦しんだ預言者である。、、、、しかし、‟義人はただその信仰によって生きる”という大きな声を聞き、賛美している。南ユダが滅亡していくこの地点において、滅びの後その中で救いが起こるが、それは“信仰”によるという思想を与えるみ言葉である。この“信仰”という主題はイエス様の死と復活という“事件”を解釈し理論化するとき、“核心教理”として浮上するようになる大きなメッセージである。旧約と新約は、このように少しのずれもなく一対を成す神様のみ言葉である。なので、聖書は聖書を読むときにだけ神様のみ言葉として証明される本である。)

 

ここまで、“創-出-民-ヨシュア-士師-サムエル-王”の歴史を読みました。ご苦労様でした。

 

ここから“歴代-エズ-ネヘ”の歴史が始まります。

 

注意する点:

昨日までユダが滅びる歴史と預言者たちの悲しみの歌を読んだ。しかし、今日から読み始める歴代上を、この歴史の最後に繋げて読んではいけない。昨日読んだ捕虜時代侵入を念頭において、創世記へと戻っていかなければならない。国は滅び、捕虜時代に入ったが、もう一度創世記から整理し始めるのは、ユダという共同体の根を探しているためである。

この国の根源が創造主である神から始まるという考えで、エズラがもう一度整理をしているのである。なので、私たちも歴代上からもう一度復習する次元で読まなければならない。北イスラエルは除き南ユダに連結させ、ダビデの歴史を浮き彫りにしているということに重点を置いて、歴代下の最後では昨日まで読んだユダの滅亡と繋がっていることを思い出しながら読もう。そうしてこそ、捕虜の歴史である「ダニエル、エゼキゲル」、エズラ、「ハガイ、ゼカリヤ、エステル」、ネヘミヤ、「マラキ」がその後をつなぐことができる。

歴代志はユダの歴史を祭司長的な役割に焦点を合わせているのに留意しよう。ダビデの時になって初めて神様中心の文化が花咲くためである。なので、祭司制度に関連したレビ支派の役割や聖殿中心の活動を多く話す。そのため、サムエル下で中断していたダビデの詩編も、ここでまた読み始める。聖殿に上っていく歌、アサフ子孫の歌をこの観点で読もう。

 

34日目(67日目/68日目)

歴代上 1~9:34: 創造から捕虜帰還の概観

歴代上 9:34~14章

 

35日目 (69日目/70日目)

歴代上 15~16,

(詩編 105),

(詩編 73~83): アサフの詩編

アサフは契約の箱がエルサレムに運ばれてきた時、へマン、エダンと共に賛美する職務を任せられたレビ人である。(歴上6:39; 15:19). また、彼は契約の箱が正しい場所に置かれた時、神様に賛美をささげるよう任命された人々の内の一人であった。(歴上16:4~6)

(詩編 84~89) : コラ子孫の詩編

民数記16章32節に、コラは傲慢で名誉欲が強く、モーセとアロンに敵対して死んだ。しかし、その息子たちは死なずに(民 26:9~11) 栄え、その子孫たちは聖殿で賛美を歌う仕事、幕屋警備、幕屋での侍りの仕事を任せられ遂行した。

 

36日目 (71日目/72日目)

歴代上 17~21,

(詩編 90~104),  (詩編 106)

 

37日目(73日目/74日目)
歴代上 22~26,

(詩編 107~134)

 

38日目(75日目/76日目)

歴代上 27~29

(詩編 135~150 詩編終わり)

 

39日目(77日目/78日目)

歴代下 1~18

(分裂王国以後、ユダ王の歴史だけが記録されているのを直接確認しよう)

 

40日目 (79日目/80日目)

歴代下 19章~36:21 : ヨシャパテから南ユダ滅亡まで

 

41日目(81日目/82日目)

(ダニエル 1~12),

ダニエル書の中でも特に10~12章に出てくる啓示は、最後の時を表している黙示であるが、この場面もやはり、ヨハネの黙示録でヨハネがみた最後の時の幻想と対をなす驚くべき黙示である。使徒ヨハネは、ローマの圧政時代バツモという島に幽閉される。採石場で働きながら、終末に関する啓示を受けるのだが、これもエゼキエルやダニエルと同じような環境で与えられたと見ることができる。

   (エゼキエル 1~8)

エゼキエルはバビロンでこのみ言葉を受けた。イザヤやエレミヤは本国でユダの現況を預言したのに反し、エゼキエルとダニエルはバビロンでみ言葉を受ける。エゼキエルもやはり、“審判と救援”を叫んだイザヤとエレミヤのように、“叱責”と“慰め”のメッセージを含んでいる。結局、捕虜時代のメッセージは “審判されるが、救われる”という一貫性のあるみ言葉である。捕虜の身であるユダヤ人たちには、彼らの神様に帰ろうとする悔い改めを呼び起こすメッセージであった。

 

42日目 (83日目/84日目)

(エゼキエル 9~28)

 

43일(85일/86일)

(エゼキエル 29~48)

エゼキエルが理想の中でみたのは、新エルサレムの建築設計図であった。ソロモンが建てたエルサレム聖殿がネブカデネザルにより破壊されたが、40~48章でエゼキエルを通して新しく表された聖殿は、まるで新約の使徒ヨハネが、最後の部分に記録したヨハネの黙示録の新しい天と新しい地の新エルサレム聖殿を幻想の中で見て記録したような場面であり、それと対照をなしている。

 

*エゼキエル書とダニエル書に新しく登場する、ある人がいるが、その用語が“人の子”と言った(エゼ37:16, 38:2, ダニ7:13, 黙1:7を今探して比較してみたらいい)。この人の子という者は、全世界の歴史の終末に関連し王として現れるということを表しているが、この用語は正にイエス様が自らを自称される時、必ず使用されたものである。[人の子の来たのは…等々] このように旧約は来られるメシアを確実に預言している。

ダニエルとエゼキエルは別々にみ言葉を受けた。しかし、その内容が一つであるということが驚きである。それだけではなく、その後400年後、使徒ヨハネがダニエル、エゼキエルと対をなす幻想を見るなどということは夢にも思わなかったであろう。しかし、神様は摂理の中で今後イエス・キリストを通した救いの摂理が全世界に向かって現れ、そのことはこのように旧約に深く根付いた明らかなる事実であるということを啓示を通して表してくださったのである。

“イエス、彼は誰なのか?” この争点は簡単なイシューではない。“彼は神であり、命の代価を払い民を探される真なる王”であることを、このように長く長い聖書の歴史を通して抜け目なく証明してくださっている。聖書は真なる神様のみ言葉である。読む前にはとても悟ることのできない神様のみ言葉である。何を言っているのかわからないで読むには、非常に勿体ない神様のみ言葉である。

44日目 (87日目/88日目)

歴代下 36:22~23 : クロスの調書

(エズラ 1:1~3と同じ)

エズラ 1~10

(40日目に歴下36:21までを読んだが、今日その後である22節に繋がる)

(ハガイ 1~2),

(ゼカリヤ 1~7)

エズラ記の内容を見ると、1次捕虜帰還の時帰ってきた民はゼルバベルという祭司長の引導で聖殿を造り始めたが、まだ未完成である。その後、ハガイとゼカリヤが聖殿を完成するためにエルサレムに帰って来る。そして、完工する。そして、その後、エズラが帰ってきて、その次にネヘミヤがエルサレムの城壁(聖殿とは

違う)を改築するため、エルサレム総督という身分で帰ってくる。

 

45日目 (89日目/90日目)

(ゼカリヤ 8~14),

(エステル 1~10)

エステルはペルシャ王国の時、バビロンでの話である。エズラもまだ帰還する前である。別にして読もう。

 

46日目(91日目/92日目)

ネヘミヤ 1~13,

(マラキ 1~4)

マラキはエズラ、ネヘミヤの次に読むといい。改革をするとはいっても、相変わらず同じように罪を犯す姿に悲しまれる神様にみ言葉を受けた。このマラキの後、新約時代の洗礼ヨハネまで、神様は沈黙された。

 

ここで “歴-エズ-ヌヘ”の歴史が終わります。

 

47日目(93日目/94日目)

(ヨブ 1~21)

 

48日目(95日目/96日目)

(ヨブ 22~42)

(歴史的な流れ上、入れるところが無かったヨブ記を一番最後に置くが、どこで読んでも問題はない。)

 

旧約聖書が終わりました。お疲れ様でした。

 

                                                                                            ここから新約がスタート!

 

ここから私生涯

 

49日目, 50日目, 51日目(97日目/98日目/99日目/100日目/101日目/102日目)

誕生に関する記録

ルカ 1:1~38: ルカのイエス探求に対する話が始まる、マリアと天使

マタイ 1:19~25: ヨセフにも夢に天使が現れる

ルカ 1:39~2:7: 数か月の間、ザカリヤの家[洗礼ヨハネの両親の家]で暮らす。イエス誕生

マタイ 1:1~17, ルカ 3:23 下節~38節: イエスの家系図、ルカが記録した家系図挿入

ルカ 2:28~38: イエス誕生時の事件、牧者、割礼、聖殿のシメオンとアンナ

マタイ 2:1~23: 東方博士、エジプトに避難、赤ん坊虐殺事件、ナザレに帰郷

 

少年時代に関する記録

ルカ 2:41~52: イエスの少年時代、聖殿であったこと。帰郷後、家事を手伝う。

 

ここから公生涯

 

過ぎ越しの祭り{1} 以前の記録

ルカ 3:1~14: 洗礼と試みを受ける。洗礼ヨハネの使役。使徒ヨハネのイエスの証言。

マタイ 3:10~17,

マタイ 4:1~11

ヨハネ 1:1~34

ヨハネ 1:35~2:12: 5人の弟子と出会う。カナの婚礼の祝宴。カぺナウムに下っていく。

 

ここから公生涯1年目スタート

 

公生涯1年目スタート地点から、その後8か月の間   (第1年4月~12月)

 

過ぎ越しの祭り{1}に始まった初めてのエルサレム使役

ヨハネ 2:13~4:2: 初めての過ぎ越しの祭り以後、約8か月をエルサレムに居住

ルカ 3:19~20: 洗礼ヨハネの投獄、エルサレムで名声を得はじめる。

マタイ 4:12

ヨハネ 4:3~54: エルサレムを離れガリラヤに行く途中、サマリアの女と出会う。王の臣下の息子を治す。

 

8か月後、エルサレムを離れ、ガリラヤで初めての使役を始められる   ( 第1年12月~第2年4月)

 

ルカ 4: 14~30: 故郷で排斥される

マタイ 4:13~17: カぺナウムに引っ越し。ガリラヤで天国の福音を伝え始める。

ルカ 5:1~11: 弟子4人をもう一度呼ばれる。

ルカ4:31~41: カぺナウムでのある日、一日で起きたこと

ルカ 4:42~44: 第1次ガリラヤ巡回伝道

マタイ 4:23~25

ルカ 5:12~39: 巡回伝道後、中風患者を治す。レビ、マタイを呼ばれる。

ルカ 6:1~7

 

ここから公生涯2年目スタート

 

過ぎ越しの祭り{2} エルサレム使役     (第2年4月)

ヨハネ 5:1~47: 公生涯2年の始め、過ぎ越しの祭りのためにエルサレムに上られる。ベテスダの池で38年間病気に悩んでいる人の話くらいだけ記録されている。安息日の問題が持ち上がる。

 

ガリラヤに再び戻ってこられ、ガリラヤで使役      (いつガリラヤに来られたのかは分からない(?))

マタイ 12:1~21: 安息日の問題が引き続きイシューとして登場するようになる

マルコ 3:7~19: 群衆が押し寄せる。12弟子を任命する

マタイ 5~7章: 山上垂訓を施される

マタイ 8:1~13: らい病患者、百卒長の部下を治癒される

マタイ 9:14~17: 洗礼ヨハネの弟子たちが断食問題を質問

(この時から(以降の事件)登場するイシューは、パリサイ人に関連した教訓として、使役2年の中盤を紡ぎだしていることを知らなければならない)

ルカ 7:11~17: ナインという町でやもめの息子を蘇らせる

ルカ 7:18~35: 洗礼ヨハネの質問と、これに関連した当時の社会を風刺する

マタイ 11:20~30: 上のイシューに関連した説教

ルカ 7:36~50: 髪の毛でイエスの足をふいた女

ルカ 11:37~54: パリサイ人との昼食

マタイ 12:22~37: 悪霊に憑りつかれた者を治癒後、悪鬼の組織勢力を説明される

マタイ 12:38~42: しるしを求める

ルカ 12:1~13:9: 2次巡回伝道で起きたこと

マタイ 12:46~50: 実母と兄弟たちが訪ねてくる

ルカ 8:22~56: 荒れ狂う海を静める。ゲラサで悪霊に憑りつかれた者、会堂司ヤイロの娘と長血を患っている女を治癒する

マタイ 9:27~34: 二人の盲人が目を開く

マタイ 13:53~58: 故郷ナザレを訪問されるが、再び排斥される

マタイ 9:35~11:1: 12使徒を派遣し教育、イエス様の3次伝道旅行

マルコ 6:7~13

マタイ 14:1~12: 洗礼ヨハネの斬首

マルコ 6:14~29: 12使徒派遣の結果報告を受ける

ルカ 9:7~9,

マルコ 6:30

 

ここから公生涯3年目スタート

 

過ぎ越しの祭り{3}、引き続きガリラヤにいらっしゃる          (第3年4月 上旬頃)

(今回の過ぎ越しの祭り{3}はエルサレムに上られずにガリラヤに滞在される)

 

マルコ 6:31~44: 12弟子派遣伝道後、弟子たちと共に少し休みに行かれたところ、多くの人々が押し寄せてきたため、五餅二魚事件が起きる

ヨハネ 6:1~71

マタイ 14:22~33: 海の上を歩く

マタイ 14:34~36: ゲネサレで病気を治される

マルコ 7:1~23: パリサイ人がここまで追いかけてきて、昔の言い伝えについて質問

(これからは大衆に対する講論よりは、弟子だけのための特別講論を主にされる。なので、できるだけ静かな場所を探し、ガリラヤ北部のツロとシドン[異邦の地、アッスル系列、フェ二キアンたち]、ヘルモン山、デカポリス等地を行かれ、十字架の苦難を予告されながら、これに焦点を合わせて弟子たちの訓練をされた。

マタイ 15:21~28: 弟子たちと静かに時間を送ろうと来られたが、今回は異邦の地の女に会われる。(ツロとシドン地域)

マルコ 7:31~37: 耳が聞こえず口のきけない人を治癒される

 

未だガリラヤ北部地域                                                                               第3年 中間

マタイ 15:29~39: 4000人に食べさせる (デカポリス地域:ガラリヤ湖東側)

マタイ 16:1~12: イエス様に再びしるしを要求 (マガダン、マグダラ地域: ガリラヤ湖西南の方)

 

引き続き、ガリラヤ北部中心の使役                第3年 仮庵の祭り[10月]以前、9月頃

マタイ 16:13~28: ペテロの信仰告白と初めての受難予告 (ピリポ・カイザリヤ地方)

マタイ 17:1~13: 高い山での事件、3弟子だけつれて登られる

マルコ 9:14~29: 高い山の麓、悪霊に憑りつかれた子供のせいで混乱している弟子たち

マルコ 9:30~32: 2回目の受難予告 (ピリポ・カイザリヤからカぺナウムに戻る途中に)

マタイ 17:24~27: イエス様とペテロの宮の納入金 (カぺナウム)

マタイ 18:1~10: 天国では誰が偉いのかを質問する弟子たち

(この頃、イエス様の関心事は“十字架にかかる”であるのに対し、弟子たちの間でのイシューは “誰が偉いのか? この王座の戦い、私たちが聖書のテーマであると考えてきたこの王座をかけた戦い”が、しばしば明るみになり、露骨化していったのであった。後で、イエスの政府に対する具体的な地位争いにまで発展する。今までは各自が心の中で考えていたことが、外へ外へと現れ始める。数か月後にエルサレムに上る際、再び、神の国では誰が一番偉いのかという問題により、弟子たちの母まで主張を繰り広げるひどい葛藤となる。

 

>この頃、弟子たちにされた重要な講論

マタイ 18:12~14: 牧師と羊に対する講論

マタイ 18:21~35: 許しに対する講論: ペテロの質問、兄弟を7回許しますか?

(弟子たちの喧嘩が頻繁に起こったため、ペテロが苦しみの末、この問題を静かにイエス様に尋ねたようだ。イエス様の講論は何の関連性もなく、ただ話されたものではなく、必ずある状況に関連して話された。例を上げれば、パリサイ人の質問や社会状況、また民衆たちの状態や弟子たちの葛藤などに関連している。なので、福音書に現れる講論、教訓、比喩、説教など、多くのイエス様のみ言葉は、必ず、前後どんな状況の中で語られたものなのかということを注意深く見て、その状況と重ねてみ言葉を理解しよう。)

 

ついにエルサレムへ                         第3年 仮庵の祭り(10月12~19日)が近づいている時

ヨハネ 7:2~9: イエス様の実の兄弟たちがイエス様を軽蔑しながら、仮庵の祭りを守りにエルサレムに上り、イエス様も続いて上られる。(その時までガリラヤにいらっしゃったが、ついにユダヤ地域に移動される)

(公生涯第2年の始めの頃行かれた過ぎ越しの祭りで、ベテスダの池で病人を治癒されたエルサレム使役以降からこの時まで、イエス様は約1年6か月以上、ガリラヤ使役をして来られた。そして、ここ第3年10月の始め、ついにガリラヤを離れエルサレムへ向かって上られるが、この後6か月間のイエス様の行程の最終方向は “エルサレムへ行くこと”である。従って、私たちがこれから読む、残りの福音書の内容は、十字架にかかる過ぎ越しの祭り(4月16日頃)までの6か月の間に起こった事である。聖書はとても簡単にこのイエス様の行跡の方向を“エルサレムへ行こうとする時(マタイ20:17)”と、軽く表現する。なので、私たちはこれに気づくのが難しい。嘲笑いながら兄弟たちが去ったあと、イエス様も旅立つ準備をされ、慣れ親しんだガリラヤ故郷を背に旅立たれるのである。その後3か月はエルサレムを中心に行ったり来たりされ、3か月の間はべレア地方で過ごされる。ガリラヤ使役はここで終わりである。再びガリラヤへ行かれることはなかった。だが、復活された体では行かれる。 )

 

>エルサレムへ上る旅の途中で起きたこと

ルカ 9:51~56: ガリラヤからエルサレムへ下っていく道にサマリアを選ばれるが、サマリア人が冷遇する

ルカ 17:11~19: 10人のらい病患者を治癒される

(上のルカ9章の次に起こったことが、ルカ17章に記録されているほど、順序がバラバラである。)

“イエスがエルサレムに行かれる時” サマリアとガリラヤの間を行かれたところ、、、

ルカ 9:57~62: イエスがエルサレムに行かれる途中、イエスについて行きたいという人、4人と出会う

ルカ 10:1~24: この頃に70人伝道団を教育し、べレア地方に派遣する

(ここから察するに、ガリラヤから出発しエルサレムに向かわれた時、少なくともこの70人伝道団の人々に対する作戦があったようだ)

 

ここまでエルサレムへの旅の途中で起きたこと

   

   ヨハネ 7:11~8章: 仮庵の祭りが終わるころ、ついにエルサレムの聖殿に現れ説教される

(エルサレムが再びイエス・キリストの出現によってざわつき始め、ガリラヤにパリサイ人[律法学者]たちを配置し、イエス様の弱みをつかみ与論を形成しようとした動きは、急速にエルサレム聖殿を中心に収斂され始める。なので、この後もずっと彼らとの弁論は避けられず、挙句の果てに、過ぎ越しの祭りの最後の受難週間である火曜日にはエルサレムの聖殿で本格的な質問を浴びせることになるが、この内容は福音書の最後の部分で多く見つけることができる。この後はこのような観点で残りの部分を読もう。)

ルカ 10:25~37: 永世に関する質問、善良なサマリア人の比喩

ルカ 10:38~42: マリアとマルタの信仰

ルカ 11:1~13: 祈祷文を教える

ヨハネ 9:1~41: 生まれつき盲目な人を治癒される

(‘イエス、彼は誰なのか?’ の観点で読もう)

ヨハネ 10:1~21: 牧者と羊に対する比喩と論争

 

この頃、仮庵の祭りのあとから宮きよめの祭りまでの期間 (11月から12月25日前まで)は、どこにいらっしゃったのかわからない

 

ヨハネ10:22~42: 宮きよめの祭り(12月25日)にエルサレムに現れる。排斥される(一旦、ぺレアに帰られる)

ヨハネ 11:1~44: ラザロを蘇らせる [ベタニヤ: エルサレム近郊に再び行かれる]

ヨハネ 11:45~53: カヤパの預言、ラザロを蘇らせる、このことが火種となりイエスを信じる者たちの教会除籍令が下る

ヨハネ 11:54~57: エフライムの山地へ避難される

 

ペレアに行かれる(地図!)

ルカ 13:10~17: ペレア地方で3か月間伝道される

ルカ 13:22~33: ペレアでの説教: ‟狭い戸口説教”をこの時される

マタイ 19:1~30: ペレアでの事件と教訓

ルカ 14:1~35: ペレアで水腫を患っている人を治癒される。そして説教

ルカ 15:1~17:10:ペレアでの講論、有名な比喩である‟3つのなくした物”説教

マタイ 20:1~16: ペレアでの比喩、ブドウ園の比喩など

マタイ 20:17~29: ペレアからエルサレムに帰る途中、3番目の受難予告をされる。ヨハネとヤコブの母がイエスに請託する。

ルカ 18:35~19:27: ペレアからエルサレムに帰る途中、エリコで盲人とザアカイに出会う

 

ペレアから出てこられる

>最後の一週間

ヨハネ 12:1~8: ベタニヤのマリアが香油を注ぐ

ルカ 19:29~48: エルサレム入城

マルコ 11:15~19: 2回目の聖殿粛清

マタイ 21:18~46: イチジクの木の呪い、イエスの権威に対する質問

マタイ 22:1~23:39: 政治、宗教指導者たちと最終弁論

マルコ 12:41~44: やもめの献金

ヨハネ 12:20~50: エルサレム訪問、ギリシヤ人と出会う

マタイ 24~25장: オリブ山での講説 (長い説教中の一つである[山上垂訓のように])

マタイ 26:1~5, マタイ14~16: イエスを殺す陰謀とユダの裏切り

ヨハネ 13:1~30: 洗足式、最後の晩餐

マタイ 26:26~30: 聖餐式

ヨハネ 13:31~16:33: 屋根裏部屋での講説(これも長い説教中の一つである)

ヨハネ 17章: イエス様の偉大な最後の祈祷

ルカ 22:31~38: オリブ山(ゲッセマネ)に行きながらペテロが壮語する

マタイ 26:36~56: ゲッセマネの祈祷、逮捕される(木曜日の夜)

マタイ 26:57~75: 大祭司長の審問、ペテロの裏切り(徹夜審問)

マタイ 27:3~10: イスカリオテのユダの死

ルカ 23:1~5: ピラト1次審問

ルカ 23:6~12: ヘロデの審問

ルカ 23:13~56: ピラト2次審問、死刑宣告、処刑、葬る

ヨハネ 20:1~31: 復活

ヨハネ 21:1~25: 復活後の事件

マタイ 28:16~20: 弟子たちに指名を与える

行 1:1~11: 昇天される。弟子たちは恐ろしいがエルサレムに集まっている

 

ここまで公生涯3年、福音書終了

 

ここからは、使徒行伝と手紙

 

52日目(103日目/104日目)

行 1~12: 教会の誕生[エルサレム教会]、ペテロの使役

行 13~14: パウロの登場、1次宣教旅行 (地図!地図!地図!)

行 15:1~35: エルサレム総会

ガラテヤ人への手紙: (この一読学校ではテサロニケ人への第一の手紙よりもガラテヤ人への手紙をまず読もうと思う。草創期のパウロの使役とエルサレム総会とを連結して読んでみよう。だが、テサロニケ第一、第二の手紙と一緒に読んでも差し支えない。)

行 15:36~16章: 第2次宣教旅行(エペソを目標としていたが、マケドニアの幻によって、結局コリントに到着するようになる旅)マケドニアの幻、ピリピでの伝道

 

53 日目(105日目/106日目)

行 17章~18:11: テサロニケ(ここにシラスとテモテを残しておく)、ベレヤ、アテネを経て、コリントに到着。プリスキラとアクラにここで出会い、18か月の間、ともに働く(そうしている間に、テサロニケに6か月間いたシラスとテモテが、テサロニケ教会の知らせを持ってコリントに到着する。 なので、ここ、コリントでパウロはテサロニケ第一の手紙と第二の手紙を書く。私たちもこのようなパウロが身を置いた環境の中でこの手紙を読もう。)

テサロニケ第一、第二の手紙

 

54日目(107日目/108日目)

行 18:12~22:  (コリントを離れ、アンテオケのベースキャンプに戻っていく途中で、エペソ(本来2次伝道旅行の目的地だったが、主の霊が遮り行くことができなかった、そのエペソ)に寄って、教徒たちと交流をしてからアンテオケに下る。こうして、第2次宣教旅行は思いがけないヨーロッパ-マケドニア、アガヤ地方の宣教旅行となった)

行 18:23~19:22: 第3次宣教旅行、第2次の目的地であったエペソについに到着、使役

(使役中、コリント教会から人々が問題をもって来る。なので、それに答える形でコリント人への第一の手紙を記録する。私たちのここエペソでコリント人への第一の手紙を読もう)

コリント人への第一への手紙

 

55日目(109日目/110日目)

行 19:23~20:1: エペソでそのように過ごし使役をしていたある日、アルテミス女神の偶像をつくる人が騒動を起こし、パウロが結局エペソから離れマケドニアに上る。

(マケドニア、ピリピでテトスと会い、コリント教会の問題が解決したと聞き、喜びながらコリント教会に手紙を書く。これがコリント人への第二の手紙である。そして、約3か月の間ここマケドニア地域で伝道する。コリント人への第二の手紙を読めばわかるが、アガヤ地方-コリント-聖徒たちに献金する時間を稼ぐ。)

コリント人への第二の手紙

行 20:2~3a: ついに3か月が過ぎ、その問題の多かったコリントへ到着する。前に第2次宣教旅行の時、プリスキラとアクラと一緒に18か月間開拓したその教会にまた戻ってきたのである。到着して、喜びの心で休みながら3次宣教旅行を整理し、次の宣教旅行のために戦略的な内容を込めた手紙を書く。それがローマ人への手紙である。パウロ福音の真髄である。

ローマ人への手紙 1~6章

 

56日目(111日目/112日目)

ローマ人への手紙 7~16章

行 20:3b~28章: ローマ人への手紙も書き終わり、献金も大体集めた後、エルサレムに帰ったところ、逮捕される。(3次宣教旅行終了)

罪人としてローマに行く旅

ローマで1次拘束状態で使徒行伝が終わる

 

57日目 (113日目/114日目)

コロサイ人への手紙

このローマ1次拘束の時、監獄生活をしながら、手紙4通を書く。コロサイ人への手紙、ピレモンへの手紙、エペソ人への手紙、ピリピ人への手紙である。獄中書信と呼ばれるこの4冊をここで読む。

ピレモンへの手紙

エペソ人への手紙

ピリピ人への手紙

テモテへの第一の手紙

テトスへの手紙

パウロは1次拘束から解かれ、マケドニアとクレタ、エペソなどを再び旅行する。いわゆる、4次宣教旅行である。この時、テモテとテトスをエペソとクレタ島において、牧会をさせる。そして、彼らに手紙を送る。テモテへの第一の手紙とテトスへの手紙である。牧会書信と呼ばれる。ここで、私たちはこれらの手紙を読む。

 

58日目(115日目/116日目)

テモテへの第二の手紙

パウロはその後また逮捕され監獄に入れられる。2次拘束である。この監獄はとてもつらい監獄であったようだ。この監獄で最後に手紙を書く。テモテへの第二の手紙である。

 

ここまで、使徒行伝とパウロ書信でした。

 

ここからは共同書信と呼ばれるパウロ以外の使徒たちの手紙とヨハネの黙示録を読みます。記録された順序通りに次のように読みます。

 

ヤコブの手紙

ユダの手紙

ペテロの第一の手紙

ペテロの第二の手紙

 

59日目(117日目/118日目)

へブル人への手紙

ヨハネの第一、第二、第三の手紙

 

60日目 (119日目/120日目)

ヨハネの黙示録

 

本当にご苦労様でした!!!

明日からはもう聖書を読まないぞ!ということはないですよね??

 

明日からは一日に読む量を少し減らして、少しずつ詳しく読んでいかれることをお勧めします。目標通りに読もうと目まぐるしく読まれた方も多いと思います。これからはこの教材に沿って読んだものを基礎とし、より豊かな聖書の探求ができますよう願っています。そして、まだ聖書を一度もきちんと読んだことのない周りのお友達に教えてあげてください。この教材があるので、皆さんが指導することができると思います。

 

ID:qne1hg

にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中