監督(かんとく)たる者の資格 

監督たる者の資格 

責任者(教会長・協会長・救命ボート)の資格について言及した聖句です。

襟を正しましょう。

●天聖経 真の神様

真の父母

第一テモテ 3:1-7

翻訳比較

岩波翻訳委員会訳1995

540301この言葉は信に値する ――「人が監督職を欲しているのなら、その人は立派な働きを望んでいるのだ」。

540302だから監督は、咎めるべき点がなく、唯一人の女の夫であり、覚醒し、思慮深く、品があり客人に厚く、教える能力があり、

540303呑兵衛でもなく、暴漢でもなく、反対に穏和で争い事を嫌い、金銭欲がなく、

540304〔自分の〕子供たちを聞き従わせて、自分の家を全き威厳をもって立派に管理し得る人でなければならない。

540305もしある人が自分の家を管理する術を知らなければ、その人はどうして神の教会を世話できようか。

540306〔また監督は入信したばかりの〕新参者であってはならない、眩惑され悪魔のさばきを受ける羽目にならぬように。

540307さらには外部から立派な評判を得ている人でなければならない、悪評を受げて悪魔の罠に陥いることがないように。

新共同訳1987

3:1 この言葉は真実です。

◆監督の資格

3:1 「監督の職を求める人がいれば、その人は良い仕事を望んでいる。」

3:2 だから、監督は、非のうちどころがなく、一人の妻の夫であり、節制し、分別があり、礼儀正しく、客を親切にもてなし、よく教えることができなければなりません。

3:3 また、酒におぼれず、乱暴でなく、寛容で、争いを好まず、金銭に執着せず、

3:4 自分の家庭をよく治め、常に品位を保って子供たちを従順な者に育てている人でなければなりません。

3:5 自分の家庭を治めることを知らない者に、どうして神の教会の世話ができるでしょうか。

3:6 監督は、信仰に入って間もない人ではいけません。それでは高慢になって悪魔と同じ裁きを受けかねないからです。

文語訳1917

“540301”,”『人もし監督の職を慕はば、これよき業を願ふなり』とは、信ずべき言なり。”

“540302”,”それ監督は責むべき所なく、一人の妻の夫にして、自ら制し、愼み、品行正しく、旅人を懇ろに待し、能く教へ、”

“540303”,”酒を嗜まず、人を打たず、寛容にし、爭はず、金を貪らず、”

“540304”,”善く己が家を理め、謹嚴にして子女を從順ならしむる者たるべし。”

“540305”,”(人もし己が家を理むることを知らずば、爭でが神の教會を扱ふことを得ん)”

“540306”,”また新に教に入りし者ならざるべし、恐らくは傲慢になりて惡魔と同じ審判を受くるに至らん。”

“540307”,”外の人にも令聞ある者たるべし、然らずば誹謗と惡魔の罠とに陷らん。”

 

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